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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)693号 判決 1998年6月11日

上告人(原告)

岩本日出子

ほか二名

被上告人

柏寿直

ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人春名一典、同野垣康之、同寒竹夕香子の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野幹雄 遠藤光男 井嶋一友 大出峻郎)

上告理由

上告代理人春名一典、同野垣康之、同寒竹夕香子の上告理由

原判決には、逸失利益の判断について判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある(旧民事訴訟法第三九四条)。

原審の右判断は、失業者或いは有職者であるが実収入が不明確な者と比較して著しく不公平である。

1 失業者との均衡

失業者の場合、事故時に通常の労働能力を有し、かつ、労働の意思がある場合には、賃金センサスの平均賃金を逸失利益の算定基礎とする取扱いがなされる。

事故時に通常の労働能力を有し、かつ、労働の意思があり、現に労働に従事しているにもかかわらず、実収入が明確な場合に、常に実収入を逸失利益算定の基礎とすると、実収入が賃金センサスよりも低い場合に、失業者よりも低い逸失利益しか認められないことになる。

確かに、休業損害は、加害行為がなければ被害者が得たであろう経済的利益を失ったことによる損害を指し、差額説によれば、右損害とは事故がなかったら得られたであろう現金収入と事故後に現実に得られる収入の差が損害とされている。

そうであるなら、実収入が明確な場合には、当該実収入を常に逸失利益算定の基礎とすべきようにも思われる。しかしながら、右差額説によっても、失業者が事故時に通常の労働能力を有し、かつ、労働の意思がある場合に賃金センサスの平均賃金を逸失利益の算定の基礎とする扱いがなされているのは、たまたま事故時に職を失っていたとしても、無事故でその後も生き続けていたならば、職を得て平均賃金センサス程度の収入を得たであろう蓋然性が高いからである。失職者でさえ、このような蓋然性を重視して平均賃金センサスによる逸失利益が保障されているのである。かかる失業者の者と比較して、事故時にたまたま職を得て、実収入が明確な場合には、実収入を基礎に逸失利益の算定基準として低い保障しか与えないのは、経験則に反し、民法第七〇九条の解釈を誤った法令違背がある。

失業者の場合に平均賃金センサスを逸失利益の算定基礎とするのは、事故がなければ被害者が収入を得られる蓋然性がある場合に、平均賃金センサスによる逸失利益を最低限保障すべきとの経験則が働いているからである。

有職者の場合には、現実に労働に従事しているのであるから、失職者よりも、(事故がなかったら)平均賃金センサス程度の収入を得られる蓋然性は極めて高いと言える。

よって、実収入が平均賃金センサスよりも低い場合には、平均賃金センサスを休業損害算定の基礎とすべきで、かかる場合に、実収入額逸失利益算定の基礎とするのは、経験則に反する。

2 有職者であって、かつ実収入が不明確な場合との均衡

また、有職者であって、かつ実収入が不明確な場合にも、賃金センサスの平均賃金を基礎に逸失利益を計算する。

生前の低い実収入額を誠実に申告した場合、或いは、実収入額を証拠上明らかにした誠実な被害者及び被害者の遺族は、実収入額を誠実に申告していない者、或いは、証拠上実収入額を明らかにしない者よりも低い保障しか与えられないというのは、いかにも不均衡である。

かかる場合にも平均賃金センサスを逸失利益算定の基礎にするのは、やはり平均賃金センサスを逸失利益算定の基礎にした保障はすべきであるとの経験則が働いているからである。

よって、実収入額が明確で、実収入額が平均賃金センサスよりも低い場合でも、平均賃金程度の収入を得られる可能性があれば、平均賃金センサスを逸失利益算定の基礎とすべきである。

3 事故前の実収入がはっきりしているが故に、失業者や実収入額がはっきりしていない有職者と比較して、より損害賠償額が低くてよいというのは、法の下の平等にも反する。

4 平均賃金センサスによれば、訴外亡岩本徳一郎(以下、「亡徳一郎」という。)の逸失利益は、金四一〇三万二九二〇円となる。

逸失利益について、地裁レベルの判決では、現実に支給されていた額を基準とせずに平均賃金によった判例(東京地裁昭和四六年九月二八日判決、昭和四五年(ワ)第三三四六号、判タ二七一号三四六頁、札幌地裁昭和四七年二月二五日判決、昭和四六年(ワ)三〇四五号、交通民五巻一号二八二頁、東京地裁昭和五七年九月三〇日判決、昭和五六年(ワ)一〇八八〇号、交通民一五巻五号一二九六頁、長野地裁昭和五八年五月一七日判決、昭和五七年(ワ)二五九号、交通民一六巻三号六八四頁)も多数存在する。

以上

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